きょうりゅうたろうダイアリー

すきなものをすきといいたい

マスクと一緒に生きていく

どうも、こんにちは。
きょうりゅうたろうです。


突然ですが、みなさんマスク付けてますか?


新型コロナウイルスの感染者数についても徐々に報道が減り、少しずつではありますがいろんなものが動き始めたなと感じるこの頃です。

マスクの着用は推奨はされているものの義務ではないので、朝の通勤の際にマスクをされていない方をちらほらと見かけるようになりました。

マスク自体の供給量は増えましたが、国産のものはまだまだ少ないですし(外国産のものを否定しているわけではない)、価格も流行以前と比べるとまだ高いなと感じます。
会社から配布、なんてところもあるみたいですが、そうでなく自費負担って方のほうがたぶん多い。熱中症のきっかけになりうるのではとの報道があったり、単純に湿気で煩わしいって理由でマスクをしていない方もいると思う。
別に私はその人たちを否定するつもりはない。



ただ、「私はこれからの人生、マスクを付けて生きていくんだろうな」とふと思ったのです。



私は、花粉症やハウスダストを起因とするアレルギー性鼻炎を患っているため、それがひどい季節はマスクを着用します。また、インフルエンザが流行るとき、風邪っぽいとき、抵抗なくマスクをする癖がありました。
両親の影響なのかわからないですけど、玄関に使い捨てマスクの箱を置いて、家を出る前にサッと取って出かけるんです。受験前とかも常にマスクをしていたんですね。
なので、このコロナ禍になってからのマスク生活が別に苦痛ではない。職場でのマスク半強制も別に抵抗はなくスッと受け入れることができた。お金はかかるけどね。


でも、今はまたそれと少し違って。
なんでしょう、マスクがわざわざ「付けなきゃいけないもの」というよりも、きっと靴下くらいの感覚になっている。外に行く時当たり前のように身につけて、家に帰ったら外す。まるで靴下でしょ。
もしかしたらそんな人は多いのかもしれない。


マスクの効果ってのは正直な話わからない。多少は効果があるんでしょうけど、効果を期待しているがゆえにつけてるのか分からなくなってきました。というのも、自分にとってマスクをつけるのは別の意味でもメリットを感じるようになったからです。



マスクの着用が推奨され始めた4月、接客業やサービス業でマスクをしていると感情が伝わらないのなんのって話が少し話題になりました。
顔の下半分、2分の1が隠れるわけですから、表情がわかりづらいのはたしか。目や声で十分伝わるものってあると思うんですけどね。しかも、それらの仕事にそこまで求めても、とも思いますが。



少し脱線しましたが、私がマスクをつけることにメリットを感じているのはまさにそこなのです。
表情が伝わりづらい、感情が見えにくい、ここです。
デメリットであると同時にメリットだとも思うのです。あくまでも私にとっては、ですが。


私の仕事はあまり伝えづらいことを相手に説明・説得するお仕事です。正直かなりの体力を使います。それでも、この仕事が何か周りまわって誰かのためになるらしいです(それが感じられないから辞めたいのはまた別の話)。

そんななか、私がマスクをしていて、また相手もマスクをしている場合はとても気持ちが楽だなと思いました。こちらの表情が見えない、相手の感情も見えにくくなる。仕事にとっていいのか悪いのかは知りませんが、私の精神衛生上に限って言えばいいことでしかないです。

相手の一挙一動に過敏すぎる私にとって、マスクは一つの「防御壁」みたいなものになっていると思うのです。そしてこちらの顔もほぼ見えてない。気が楽なんです、正直。
それが今は、年中つけてもいい環境になっている。正直ありがたい。本当にありがたい。

苦手な上司と話す時、マスクがあるだけで違う。自分は守られている。表情が表に出ない。安心。相手の表情も見えない。耐えられる。そう思っている自分がいる。


現状、マスクを付けない明日なんて想像できない。
そりゃあマスクを外して、顔を見て話したい人もいる。
でも自分はマスクを付けていたい。



社会にとってマスクの着用がこれからどうなるのかはわかりませんが、わたしはマスクと一緒に生きていくのかな(やや大袈裟)とふと思ったというお話でした。